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この世の中

 人はなぜ生きるのか。そういうことを考えると大体が答えにたどり着かないか、もしくは過程をすっ飛ばした理解していないシンプルな答えにたどり着く。

 それではだめなんだ。シンプルな答えがいつだって正しいという常識にとらわれているだけで、何にも考えていない証拠。いつだって過程が大事なんだ。

仮定があってこその解。それが大事。

 8年いや9年近く悩んできた解に最近になって分かることだってある。

 俺には才能があるとしても今は才能無しという言葉が一番近い。

それは才能を見ていないから。感じていないから。実際に使用した試しがないからである。例えばバスケットボールに関して言えば自負はある。それは実例があるからだ。

 一般に比べてシュートフォーム無視した投球でゴールを決める確率が高い。

 たまにできる自分が思った以上の実力発揮。

 日々考えて行動するその姿。

 何より自分に自負を書けるほどの自信。

それらがあるからこそ才能があると言えるだろう。

ではほかは?何か自分にはもっと才能があるかもしれない。しかしその才能を発揮する場所がない。ここじゃないと感じる場所はいくらでもあるのにここだという場所がなかなか見つからない。

でもそれは見つければいいだけの事。探そうという行動力。本当に好きなことだったら行動力はある自分なんだからやりたいと思えるものが見つかれば必ず自分は行動する。

 ただ叶うものにはいくつか条件と言うものがあると俺は思っている。

それは願ってもかなわないものがあるとかそういうことを言いたいんじゃない。願いは叶う。ただ願いの視野を変えることが大事。いや、視野を変えてしまっていることに問題がある。

 たとえば、「バスケットボール選手になりたい」。これは正しい視野ではない。

ただバスケットボール選手になりたいだけなのか。なってそれで終わり。なるためだったらどんなことも厭わない。違う。選手になることが自分にとっての快楽ではないはずだ。バスケットボール選手になりたいという考えになるその理由が重要なのだ。

根本的な部分があなたの見るべき視野なのだ。

この場合。「バスケットボール選手になりたい」のではなくて「バスケットボールが好きだから」「もっとバスケットボールがうまくなりたいから」「もっと強いところで挑戦したい」「もっともっとバスケットボールをしたい」

 そういう部分が願いなのだ。選手になるのは夢と言う部類であって願ではない。

そういう部分が私には好きなこと以外でなかなかうまく事が運べない。

私は好きなこと以外はこの「バスケットボール選手になりたい」の方向に考えていってしまうのだ。

どういうことかというと、仕事で例えるならば「こういう仕事をしたい」「こういう環境で給料はこれくらい」だとか「休日が多いところがいい」だとかそういう視野の悪さが感じられる。

これがよくない。仮に自分のこの夢というものが叶ったとしても「なんか思ってたのと違う」そう思ってしまうだろう。

そう。根本が見えていないのだ。

私は人生を楽しみたい。楽しい日々を送りたい。これが根本である。

そこから導き出される答えがなかなかでてこない。もっと自分を見つめなおそう。

                               第十六部 完