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yaa

やあ。なすびだよ。

 ここ一日おきぐらいの更新なのかな。

今日思ったことを書く。

バイト先でのこと。いつも通りマイペースで作業をしているといつも副店長に言われるんだ。「容量が悪い」「こうこうこうしろ」「そんなんだと使えないとか要領が悪いなんて言われるよ」ってね。

それは言われているのが確実で、なおかつ副店長自身もそう思っているから俺に言うと思う。

でも俺から言わしてみればなすび検定10級も受からないレベル。

何にもわかっちゃいない。

そんなに容量がどうのっていうなら機会に任せればいい。

なにもバイトの求人広告に「要領がいい人」なんて書かれていなかった。

 だが俺が言いたいのはそこじゃない。

 俺が言いたいのは「容量がいい悪いは自分で決める」ってことだ。

世間一般での常識は知っていてもみな本質がまるで見えていない。

本質が見えている人は必ず自分の経験を持っている。

要は失敗しているのだ。だが、その失敗は故意ではあるが故意じゃない。

容量が悪いことをずっとしている人はこれからもそうなのか。否。

人は変わるのだ。

同じ作業を繰り返しているうちになんとなく要領をつかんでいく。しかも本質と言うオリジナリティをも得ることができる。

 対して、注意を促され「こうしろ」「ああしろ」と言われて作業をすると。要領がいいように見えるが、この行動がどういうふうに要領がいいのかわからなくなったり、頭では理解していても納得はしない状態になったりする。さらには本質が見えていないから表面上の行動となり、自分の経験値の土台とならない。

ポケモンでいう、こつこつ経験値をためての100Lvとふしぎなアメでも100Lvでは一見同じに見えても体力、攻撃力、守備力が圧倒的に違うようなものだ。

 

 それに近い話なんだが、バスケットボールでゲームをすると「なすびくん。今日は調子が悪かったね。」と言われることがある。最初に入ったころはガンガンシュート打って点を決めていたからその印象と比べているのだろう。そしてそこまで真剣に言っているわけではないとわかっている。軽い挨拶のようなものだろう。

ただ、この言葉は的を射ていない。まったくもって射ていない。

それが過去の自分だったら確かに納得はするだろう。昔はシュート外しては今日はダメだと思ったしな。

 しかし、今は場の状況。自分の行動一つ一つ。未知なる挑戦。表面からは消して見えない部分で自分は学んでいる。だからシュートが外れても、フォーム。タッチ。場の対応が良ければ次に生かすことができる。それがたまらなくうれしい。

まあシュート確率がいい時は確かに嬉しさが出るが、今はもっと今までよりもっとバスケットボールと言うものを楽しんでいる。

動画で録画するとよくわかる。気分がいい時でも決してシュート確率は高くない。ギリ50%切っているくらいだ。でも楽しい。

 最近だとNBAStephen Curryの言葉がよくわかる。

彼が3Pの名手であることはバスケ界の中ではよく知っているのだが最近3P連続性工数が途切れた。そのことを聞いて僕は「大丈夫かな」と不安になった。

杞憂だった。

次の試合。彼は歴史上一試合の3P成功数を13本と偉大な数字を残した。

彼は言った。

 「10本中0本だろうが10本中2本だとしてもまったく気にしない。」

 俺はあの時。まったくわかっていなかった。表面上の結果だけを見て決めつけていた。

 そう。結局はそうなのだ。

表面上の結果が悪くてもデータで示されていても、本人が理解しているのであれば別段問題はないのだ。周りがどうであれ関係ないのだ。

 

 トリッキングをしている友人からも面白い話があった

「トリッキングと言うものは一度できた技は少し経つとできなくなる」

「それはできていたことに無意識に動かしていた動作が上達するにつれ意識しだしたから今までのようにうまく動かなくなることがあるからだ」

「だからできなるなるのは成長の証。」

これは目から鱗だった。

 他人から見て一般的な表面からの結果だけでは落ち込む結果だが、

本質をとらえていれば、何も悩むことなどないのだ。むしろ成長しているからだとさらに自信を持つべきなのだ。

 だからこの気持ちをぜひとも忘れないでほしい。自分。

もっともっと君は成長し、大きくなる。何も裏切っちゃいない。

だから周りの言葉や周囲の場に流されてオリジナルをなくしてはいけない。

それは君の牙だ。牙を大切にしなさい。

                               第十三部 完